『マンダレイ』答えなき不自由な二択


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プアーです。僕が敬愛してやまないラース・フォン・トリアー監督作品。この『マンダレイ』が100円で見られるなんてレンタルのGEOって偉大だと思いますよ。すごい時代になったものです。

マンダレイ


“ドッグヴィル”という陰惨な村から逃げ出したギャングの娘グレースは、マンダレイのある村に立ち寄ることになる。何とそこは70年前に廃止された奴隷制が息づく前近代的な抑圧された村だった。その現状を前にグレースは行動に出る。

相変わらずラース・フォン・トリアー監督は飛ばしてる。見る者の讃か否か、一か十かという極端な評価を下せない、または下させない切れ味は本作でも健在。特にアメリカ人は独特の感慨を見た後に感じると思う。

本作は失楽園をモチーフに描かれているが、実際は「敗北か、より完全な敗北か」というか「絶望か、より深い絶望か」といった答えなき不自由な二択を迫られたと貧しい人々を描いているといった方が正しい。そう考えると、アメリカの問題よりも旧共産圏、その中でもポル・ポト政権下のカンボジアや大躍進時代の中国を想像した方がより本作の描きたかったイメージに合うのかもしれない。あれ、でもアレは指導者が理想に向かって突っ走ったところは一緒だけど、民衆も熱狂してたよな。現実の方が酷いじゃん。あれれ? まあいいや。

しかしこれは映画の内容についての話である。いつも思うのだがトリアー監督は映画の主題、例えば『ダンサー・イン・ザ・ダーク』であれば純粋な母の愛情、『奇跡の海』では旦那尽くす純粋な奥さん。前作『ドックヴィル』や本作では善意で人の幸せを願うグレース。結果としてすべてバッドエンディングだが、監督を描きたいものはそういった主人公たちの心の動きや登場人物の心の動きなのだろうか? または人間の剥きだしのエゴやある種の真理? 実際は少し違う気がする。

この監督にとって、役者や登場人物は薬液であり、映画というフラスコに入れられ熱せられ、冷やされ、蒸留され、精錬される。その結果生まれた生成物を見せられる白衣を着た見学者コレが我々であり、その無知な見学者の反応を楽しむ科学者コレがトリアー監督のような気がしてならないのだ。

そう、この神の視点を楽しむためにトリアーは映画を撮ってるような気がしてならない。頭が良く高等だとは思うけど(バカじゃ絶対不可能!!)、とても上品とはいえない趣味だと思うが皆さんはどうであろう。

予断ではあるが、『マンダレイ』では主人公がニコール・キッドマンからブライス・ダラス・ハワードに変更になってるが、正直ニコールは失敗だった気がするのでこの変更はありな気がします。個人的にはちっちゃく可愛い分、ニコールより好きです。ムキムキの黒人と小柄な白人女性がセックスするシーンは結構ドキドキしますよ。それも抜きにしても結構オススメ!

マンダレイの監督
ラース・フォン・トリアー
マンダレイの出演
ブライス・ダラス・ハワード
イザーク・ド・バンコレ
ダニー・グローヴァー
ウィレム・デフォー
ローレン・バコール

『マンダレイ』答えなき不自由な二択, 5.0 out of 5 based on 1 rating

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