『ミツバチの羽音と地球の回転』デモや抗議活動は明るくやる


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★★☆☆☆

プアーです。実は僕、原発事故に並々ならぬ関心を抱いているのだが、なんと、近くで原発をテーマにした映画『ミツバチの羽音と地球の回転』の上映会が! たまの休みをつぶして見に行ったのだが、まあ案の定の出来。この怪しいタイトルが示すように完全に左向きで、純粋なプロパガンダ映画である。内容は「NHKスペシャル」レベルで、エンターテイメント性もほとんどない。では、見所がないのかといえば、そうでもないのだ。

ミツバチの羽音と地球の回転

話の中心は、瀬戸内海に浮かぶ山口県・祝島の原発反対運動である。近くに原発が作られるということは、家の前に産廃処理施設を作られるのと同じ。どんなに莫大な予算を付けて環境対策が施されても、何かしら影響を受けることは間違いない。テクノロジーが発達した21世紀の現在でも、頻繁に緊急停止やら火災だのを起こしてる施設を「安心」「安全」だのと主張されても、もはや信じる人はいないだろう。いたら、本当のバカである。「原発が目の前にできる=引っ越せ!!」と反対運動をするのは当然である。

しかし、よくよく考えてみたら、デモだのなんらかの反対運動をしている人間をテレビのニュースで見ることはあっても、彼らの生活や思想背景などはあんまり考えてこなかった気がする。その意味では、貴重な経験であったと思う。この場、こういう時でしか、味わう機会がないのだから。

なにより一番驚いたのは、デモや抗議活動している人たちの笑顔の多さだ。冷静考えてみたら、あまり根詰めると、長期間の運動などできないし、生活も破綻してしまう。できるだけ「明るくやる」というのは、長期間の運動から導き出された経験則なのだろう。ほとんどピクニック感覚で、抗議活動、座り込みを行う。しかも、運動の中心メンバーはおばあちゃんたちなのだが、非常によく勉強していて意識も高い。デモや抗議活動は意味がない、とはよく言われるが、「果たして本当にそうなのかな?」と思わせてくれるほど迫力があった。

この映画では、原発を作る側の視点がない。その点で完全に片手落ちなのだが、作る側の人間もいくら仕事でかかわっているからとはいえ、自分の家の近くに原発ができたらやはり抗議ぐらいはするんじゃないだろうか?

映画はその後、石油や原子力に頼らないスウェーデンの現状をリポートして、最終的にありがちな「エコ」論に着地する。まったく深みもへったくれもないが、提示してる問題点は十分に論議に値するだろう。

『ミツバチの羽音と地球の回転』は長いうえに退屈と、映画として致命的な欠点を抱えてるが、年に1度くらい、こういう映画を見てもいいのでは?

ミツバチの羽音と地球の回転の監督
鎌仲ひとみ
ミツバチの羽音と地球の回転のプロデューサー
小泉修吉
ミツバチの羽音と地球の回転の音楽
Shing02

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